facebookから始めよう!、けどその後は??

facebookの登場は同窓会のやり方に、ある種の革新をもたらしたと思います。
ただ、諸手を挙げて、すべてがOKとばかりではありません。
今回はそんな事情も含めて、話をしたいと思います。

3年前の夏のことですが、私を含む3人で会食をしていたときのことです。
「小学校の同窓会でもやらない?」と私が口火を切りました。
この3人は同郷(佐賀県佐賀市)で小中と同じ学校に通った同学年。
けど郷里を離れ、東京は六本木という場所で酒を酌み交わしています。
ここで言う同窓会とは、同期会のことですが、私の地方では、同窓会や同期会の区別はあまり明確でなく、そのような集まりはひっくるめて「同窓会」と言っています。

酒のせいもあってか、すぐに「いいねえ!」ってことになり、次に私たち3人が取った行動はどんなことだったでしょうか?
答えは、3人がスマホを取り出して、facebookから人探しを始めた、です。
まずは、既に自分の「友達」になっている人の中から、同期生の名前を挙げながら、具体的に私たち3人での人的ネットワークのすり合わせを始め、「友達申請」を掛けたりしました。

やがてそこから、facebookに非公開でのグループを立ち上げ、20人程度のグループとなりました。
そこから、徐々にそのメンバーを介してネットワークは広がったものの、そこで一旦一段落ついてからは、動きがほぼ止まってしまいます。
グループ内ではいろいろと情報交換が始まり、勢いはついているかのように見えるものの、活動の輪が広がらないわけです。

facebookを同窓会等のインフラとして使用する際にはいくつかのデメリットとそれによる限界があります。
簡単にまとめると、

(1)利用者が限定される
facebook利用者でなければ、情報を見られません。
到底、同窓生全体を網羅して、コミュニケーションを取ることなど不可能です。

(2)情報が埋もれていく
登録された情報は、内容の重要度などに関係なく、新たな書き込みがあれば次第に下位に埋もれてしまい、探しづらくなってしまいます。
活動が活発で、書き込みが多いほど、皮肉なことに探しづらくなってしまいます。
ブログでも同様に埋もれてしまいます。

(3)検索機能が弱い
facebookの検索機能は非常に脆弱で、ワード検索で探しきれない場合が多くあり、使い勝手が良くありません。

それともう一つ、facebookの内外での同窓生の反応の差に戸惑うことがあります。
facebookのスレッドに書き込めば、すぐに誰かしらが「いいね」などと反応を返してくれます。
書き込んだ方もレスポンスがあることで気持ち良いのですが、情報はそこから先になかなか出ていきません。
facebookユーザーの外側にいる人が圧倒的に多いと思いますが、そこには伝わっていないわけです。
そこで、それ以外の人へとメールなどで連絡をしても、あまり反応が良くありません。
実際には、このような無反応がちな大勢を相手に頑張るべきなのに、反応がないことにめげてみたり、最悪の場合はそれを幹事間などで愚痴ったりするようになってしまいます。

facebookに依存し過ぎると、グループの内外で意識の差が生じ、内輪だけのグループに縮こまってしまいます。
しかも、誤った親切心を錦の御旗に、他人の感情に入り込んだり、その反応(無反応)を批判したり。
「こっちは親切でやっているのに、何だよ!」と思うこともあるかもしれませんが、相手から見れば、「そんなの頼んでないし」というもっともな言い分があります。
ましては活動の場が小さく、少数派では立場上厳しいです。

facebookはスタート時のツールとしてはとても重宝しますが、あるタイミングを過ぎてからは、そのグループ内外で情報や意識の差が生じないように注意が必要だと思います。
あくまでも、公平・平等が大切です。
使用しているツールでこれを差別してはいけません。

スマホでもアクセスできるWebサイト、というのが現時点で考えられる最も公平な情報インフラだと思います。